さっきから鼻水が止まらない。
どうにも風邪を引いたようで、調子が悪い私に前の人はこう断言した。
「無理」
前に居る子を思い始めてから、はや三年。
ほんと、いい加減にしろよと自分でも思っているのだけど、
こればかりはどうしようもない。


そうそう、無理、って断言されたことはあるだろうか。
あれは本当に繋げにくい言葉だ。なんたって、完全否定だからね。
なぜ、そんなことを言われたか。
友人から、
「諦められるぐらい本気で気持ちを告げなよ」
との意見を元に、ちょっとだけ時間をくれないか、とお願いをしていたのだ。
――何だかんだで30分かぁ。
作業やご飯を挟んでいたから、実際は6分も言ってないけど。
「無理」「嫌」
それしか言わないその子に私は
「さて、そろそろ潮時だな」
と帰る準備をしていた。
だけど、どうにも落ち着かなくて、最後の最後にもう一度頼もうとひそかに思っていた。
――そう、私はこれで区切りをつけたかった。
いい加減、引き摺りたくなんてなかったのだ。
自己満足の塊だって判っているけど、最後にお別れも言いたかったから。


「なぁ、ほんとお願い、頼む」
両手を合わせて、拝むように私はその人を見つめた。
「嫌、何で私がそんなことをしなきゃならないの?」
「最後だからさ、最後のわがまま、お願い!」
しつこいよなぁ、とは思うんだ。
でもさ、本当に最後だったんだ。会う機会なんてほぼ無い。
これを逃したら一生引き摺るって判ってたから、こっちも必死だった。
「最後って言うけど、それが私に何の関係があるの?」
「このままじゃ一生引き摺っちまう――」
「それこそ貴方の都合でしょう?私にとっちゃどうでもいいことだよ」


けんもほほろとはこのことだろうか。
「あなたに与えられる時間なんて無いの」
「あなたの都合に私の貴重な時間を与えられない」
そしてこちらをじろりと睨みつけたあと、
「無理、それが答えでいいでしょ?」


今思えば、間違っちゃ居ないのかな。
でも、その時は心の抉られた音が聞こえるようだった。
頭にかっと血が上って、洩れるように、
「じゃあ、なんで優しくするんだ?」
「なんで、関わってくる?」
そんな私をその人は流し目で見て、無言で去ろうとして、気が付いたようにこう言った。
「あぁ、ごめんね」
ふざけるなと思った。
見下すように言うのなら、言わないほうがましだとその人は遂に気が付かなかったようだ。
私は冷静さを完全に失って、反射的にこう抑えながら怒鳴った。
「知らないね」
「今までありがとう、さようなら!」
扉を叩き飛ばすように開けると、私は振り返りもせずに立ち去った。